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なぜソフトマテリアルの「異方性」なのか

軽量かつ柔軟で生体に優しい「ソフトマテリアル」が、各方面から注目されています。生体組織との類似性ゆえに、人工臓器の最右翼とも目されています。ですが今日の人工ソフトマテリアルと生体組織とを見比べると、両者は「異方性」において決定的に異なります。ほとんどの人工ソフトマテリアルは等方的である一方、多くの生体組織は巨視的に異方的です。筋肉・骨・神経に見られるように、異方性はしばしば、優れた機能の根源となります。今後、ソフトマテリアルの科学が更なる発展を遂げる上で、配向制御が鍵になることは間違いありません。

ソフトマテリアル研究における配向制御の重要性は、古くから指摘され、多くの研究がすでに行われています。しかしながらその多くは、測定方向によって材料物性が異なるのを確認したところで終わっており、配向構造ゆえの魅力的な機能の探求には至っていません。この分野が大きな発展を遂げてこなかった理由の一つに、理想的な材料の入手困難さが挙げられます。狭いドメイン内・細いファイバー内・薄いフィルム内ならともかく、広い面積・大きな厚みを持つバルク材料の全体に、高配向度の構造を均一かつ連続的に構築することは、極めて困難です。その一方で、ソフトマテリアルの物性評価(力学的特性・光学的特性・変形特性・物質輸送特性など)においては、最低でも数mmのサイズのサンプルが必要となります。

私たちは、人工ソフトマテリアルを少しでも生体に近づけるべく、異方性・方向性・階層性に着目した研究を続けています。実際、ソフトマテリアルを異方化することにより

  • 材料のベストの能力を引き出せる
  • 材料に相反する性質を持たせられる
  • 材料の部分と全体を連動させられる
  • 材料の本来の構造や性質を調べられる

といった効果が顕著に現れます。

私たちの研究も含め、巨視的な異方性を持つ材料に関する最近の動向は、下記の総説にまとめられています。この分野を速習したい方々のために、過去の研究を、材料ごと・配向方法ごと・機能ごとに分類した表も載せています。

参考文献

 Adv. Mater. 2017, 29, 1605974.
 Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 2532–2543.
 Langmuir 2020, 36, 11702–11731.

なにをどうやって異方化するのか

それでは、物性評価に耐えるサイズと配向度を兼備した異方性ソフトマテリアルのサンプルは、どうやって合成できるでしょうか? 私たちは「磁場」に注目しています。物質を配向するために、様々な「場」が利用可能ですが、その中で磁場は、非接触・非破壊で印加できる唯一の場です。加えて磁場は、他の外場とは異なり、サンプルの厚みによらず、内部まで均等に浸透します。厚みが数mm以上で均一に配向したのソフトマテリアルが必要な場合、磁場配向は唯一の選択肢となります。

磁場の弱点は、この世の大部分である「反磁性物質」に強く作用できないことです。反磁性粒子の磁場配向エネルギーは 
(物質の磁場感受性) × (粒子の体積) × (磁場強度)2
に比例しますが、反磁性物質は一般に極めて小さい磁場感受性しか持たないため、磁場配向に不向きと言わざるを得ません。しかしながら上の式を改めて見てみると、10テスラ超の強磁場ならびに分子量107超の巨大ナノ構造体を用いれば、反磁性物質においても、効率の良い配向が起こることが分かります。

超電導工学とナノ物質科学の発展により、上記2条件(強い磁場・大きなナノ構造体)の準備が容易になった今日、磁場配向の有用性は再認識されるべきです。私たちは、

  • 配向の対象となるナノ材料の選定
  • 配向を誘起する磁場印加の条件
  • 配向を固定する系内反応の条件
  • 配向の度合の数値化による評価

を繰り返すことで、従来の常識を超えた巨視的に異方的なソフトマテリアル(配向度0.95~0.99の異方的構造が、数mm~数cmの幅や厚みにわたり連続する材料)を開発してきました。これまでに、様々な1次元・2次元ナノ構造体の配向にチャレンジしており、下記がその例です。

  • 無機ナノシート
  • 酸化グラフェン
  • リン脂質2分子膜
  • カラム状ポリマー
  • カーボンナノチューブ
  • 棒状ウィルス

これらの異方性ソフトマテリアルは、あたかも生体を思わせる、驚異の物性や機能を示します。個別の例の詳細については、それぞれのセクションをご覧ください。

関節軟骨に似た力学異方性を示すヒドロゲル

佐々木らによって1996年に開発された酸化チタンナノシートは、 多数のTiO6八面体が一層で敷き詰められた二次元結晶で、厚み ~1 nmに対し幅 ~10 μmと、極端に異方的な形状を持ちます。高密度の負電荷を帯びており、互いの静電反発のために水中に安定に分散します。私たちは、このナノシートが興味深い磁場配向挙動を示すことを見いだしました。酸化チタンナノシートの水分散液に磁場を印加すると、ナノシートは磁場に対し垂直配向し、系内の全てのナノシートが同じ向きとなります。X線回折測定の結果、ナノシートは一軸配向するのみならず、長距離かつ一定の間隔(51 nm)で配置された「巨大単結晶」のような高秩序構造を取ることが明らかとなりました。隣り合うナノシートの間には、巨大かつ異方的な静電反発力およびvan der Waals引力が働いており、両者の釣り合いによってナノシート間の距離も規定されています。

この巨視的な配向構造は、磁場を除くと乱雑化しますが、共存するアクリルモノマーを磁場下にて重合することで、化学的に固定することができます。得られるヒドロゲルは、顕著な力学的異方性を示し、横方向には著しく変形しやすい一方、縦方向の圧縮変形には強固に抵抗します。この奇妙な力学物性の根源は、ナノシート同士が静電反発のために互いの接近を嫌うことにあります。ヒドロゲルの中に含まれる余剰イオンを徹底的に除去し、なおかつ、極性の高いポリマーを使ってゲル網目を構成することにより、ナノシート間の静電反発力を最大化すると、ヒドロゲルの力学異方性(縦方向と横方向の弾性率の比)は実に80倍にまで達します。この顕著な力学的異方性を利用することで、優れた防振機能を達成することもできます。

無機微粒子と有機ポリマーの複合材料の研究には、長い歴史がありますが、これまで「ユニット間の引力をいかに強くするか」にのみ焦点が当てられてきました。力学特性の制御における「ユニット間の反発力」の有用性を初めて明示した本研究は、複合材料の歴史に一石を投じるものです。

参考文献

 Nature 2015, 517, 68–72.
 Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 12508–12513.

筋肉に似た高速大変形を起こすヒドロゲル

前セクションの力学異方性ヒドロゲルと同じ手法を用い、温度応答性ポリマーの網目の中に、酸化チタンナノシートを異方的に埋め込んだヒドロゲルを作成しました。このヒドロゲルを加熱・冷却すると、 ポリマーが脱水和・水和がを起こし、て内部の誘電率もスイッチするため、ナノシート間の静電反発力を増減すると考えられます。 これに伴い、ヒドロゲル全体がナノシートの垂直方向に高速で大変形するはずです。

事実、このヒドロゲルを加熱すると、ナノシートに垂直な方向に2倍に伸張します。同時に、ナノシートに平行な方向には0.8倍に収斂し、ヒドロゲルの体積は一定に保たれます。次に冷却すると、ヒドロゲルは1秒以内に元の形状に戻ります。この変形は外界との水の授受を伴わないため、極めて速く、劣化せずに何度でも繰り返すことができます。変形速度は、ゲルアクチュエータの中でも最も高速なものです。放射光X線散乱測定の結果、ナノシートの面間距離とヒドロゲルの長さとは常に比例関係にあり、ナノ構造の変化がそのままマクロ形状の変化に反映されていることも分かりました。アクチン・ミオシンの構造変化に対応して伸縮する、筋肉の運動を想起させる現象です。

斜めに配向したナノシートを内包するヒドロゲルをL字型に切り取ることで、一方向に歩行し続けるアクチュエータを作ることもできます。通常のアクチュエータで一方向性の運動を実現するには、ラチェット基板や方向性のある外場など、特別に設計した外部環境が必須となります。これに対し今回の歩行運動は、アクチュエータの内部構造だけを用い、方向性のない熱エネルギーから一方向性の運動を作り出した初の例です。

ヒドロゲルアクチュエータを駆動する刺激として、ここまで熱を用いてきましたが、光で駆動させることも可能です。すなわち、光エネルギーを熱エネルギーに変換する性質のある金ナノ粒子を添加すると、このヒドロゲルアクチュエータは、光を照射した部分のみで変形するようになります。のぞみの場所を、のぞみのタイミングで変形できるため、ミミズの蠕動運動を始め、より複雑な動きをデザインすることも可能です。

本ヒドロゲルアクチュエータは、動きの質と量において従来のヒドロゲルアクチュエータを凌駕しており、人工筋肉に近づく大きな一歩となります。また、前例なき動作原理は、今後の関連研究に多大な影響を与えうるものです。

参考文献

 Nat. Mater. 2015, 14, 1002–1007.
 Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 15772–15776.

瞬時に色を変えるコロイド分散液

フォトニック結晶は光の性質を操る究極のツールであり、次世代光学材料の最有力候補です。「結晶」の名の通り、数百nm周期の高秩序構造でなければならないため、通常は固体材料で構成されます。フォトニック結晶の科学は長らく、格子のサイズや方向が変わらない(変えられない)ことを前提としてきました。一方で自然界には、細胞質などの流体よりなる動的なフォトニック結晶を巧みに使う生物(熱帯魚やカメレオンなど)が存在します。彼らは、環境に応じ自らの体色を高速かつ自在に変化するなど、静的な固体に基づく人工のフォトニック結晶では到底不可能な、動的フォトニック機能を発揮します。ならばもし、水のような流体を主体に、高秩序の動的フォトニック結晶を構築できたらどうでしょうか?

私たちは最近、水に分散した微量の酸化チタンナノシートを数百nmの周期で規則正しく配列させることにより、99%以上が水からなるにも関わらず、鮮やかな構造色を呈する「動的フォトニック結晶」を得ることに成功しました。私たちが着目したのは、酸化チタンナノシートの水分散液中に、ナノシートと相互作用していない余剰イオンが含まれている点です。この余剰イオンは、ナノシートを水に分散する際に添加され、通常ではそのまま用いられます。一方で余剰イオンは、系内の静電反発力を著しく遮蔽することが知られています。そこで、ナノシート分散液を徹底的に脱イオン化したところ、分散液は鮮やかな構造色を示しました。これは、イオン除去によりナノシート間の静電反発力が増強され、シート間の間隔が可視光波長のレベルに達したためです。分散液の濃度を調整することにより、シー
トの間隔は最大で675 nmまで拡張できます。

99%以上が水でできた流動性のフォトニック結晶は、環境に応じシート角度や距離を瞬時に変え、それに同調して構造色も変えることができます。また最近では、ナノシート自身の酸化還元反応により、磁場配向様式を光で制御できる仕組みも見つかっています。 今回の動的フォトニック結晶には、従来の静的フォトニック結晶では想定すらされていなかった種々の特性が実現され、光の性質を制御する新たなツールとして、基礎・応用の両面に革新をもたらすことが期待されます。なお、この研究を元にした研究提案がJST CRESTに採択されました。

参考文献

 Nat. Commun. 2016, 7, 12559.
 Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 12508–12513.
 Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 12508–12513.

一方向に揃ったらせんに分子を並べる多孔性ポリマー

私たちはこれまで「役割の異なる2成分」よりなる超分子液晶に着目し、これを系内重合することにより、共有結合で連結さ れた多孔性材料を開発してきました。例えば、重合官能基を導入したカルボン酸とキラルなアミンよりなる塩では、液晶構造を保ったまま、カルボン酸の架橋重合が定量的に進行し、なおかつ重合後、架橋高分子の規則構造を保ったまま、鋳型のアミンを抽出除去できます。得られた架橋高分子は、鋳型除去後も鋳型アミンの形状を記憶しており、 キラル認識・キラル分離に用いることができます。

最近、この液晶に強磁場を印加することにより、数 cmに渡る巨大なスケールで分子が一義的に配向した液晶フィルムが得られることを見いだしました。この配向液晶を系内重合すると、大面積で一義的に配向した共有結合フレームワークを持つ多孔性ポリマーに変換できます。この材料は、共有結合で連結されたポリマーでありながら、あたかも単結晶のようなX線回折パターンを示すため、単結晶X線構造解析と類似の手法で、詳細な構造解析を行うことができます。

この多孔性ポリマーから鋳型アミンを除去した後、ゲスト分子を内包し、これらを大面積で異方的に配向させることもできます。手始めに、ゲスト分子として非線形光学色素を道入したところ、得られる配向サンプルは、磁場を印加せずに作成した非配向サンプルと比べ、約10倍の強度の非線形光学効果を示しました。鋳型アミンのキラリティに由来するらせん構造(非線形光学効果の発現に必須)を取る上、数センチメートルの領域にわたり一軸配向しているため、各所の色素分子が発する非線形光学シグナルが、互いに相殺・平均化しないためでです。

この多孔性ポリマーには、非線形光学色素に限らず、 蛍光発光性を持つもの、安定ラジカル部位を持つもの、あるいはアルカリ金属など、様々なゲスト分子を内包できます。分子が発するシグナルを相殺・平均化せずに、巨視的レベルで集積して取り出せる、万能な分子グリッドとしての応用が期待されます。

また、このプロジェクトの特徴は、構成単位となる1次元ナノ構造体を、有機合成化学的に一からデザインしているところです。これに関連し「キラリティを見分けるせ超分子ポリマー」「世界一長いポリマーブラシ」の開発も進んでいます。

参考文献

 Nat. Commun. 2015, 6, 8418.
 Nat. Commun. 2020, 11, 1.
 J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 16396–16401.

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